平成18年(あ)346号
被告 野村 一也
公訴提起 平成16年検業第26798号
横浜地方検察庁 検察官事務取扱副検事 五十嵐 博久
第一審 平成17年(わ)第413号
横浜地方裁判所第4刑事部 裁判官 日野 浩一郎
判決要旨 禁固1年,執行猶予3年,訴訟費用負担
控訴審 平成17年(う)第2735号
東京高等裁判所第3刑事部 裁判官裁判長 中川 武隆
判決要旨 原判決破棄,禁固1年,執行猶予3年,訴訟費用負担
業務上過失傷害事件事件に対する被告人野村一也の上告趣意を述べる。
なお,本上告趣意書は,コンパクト・ディスクに収められた電子記録が原本であるが,便宜上,紙に印刷したものを写しとして併せて提出する。電子記録を原本としているのは,精密な写真,動画,音声記録,さらには再現動画を含んでいること,また,各証拠などの参照を容易にするために,ハイパーテキストを埋め込んでいるからである。
原判決は,証拠の評価を誤り,結果として事実を誤認しているのでその破棄を求める。仮に原判決の事実誤認に対し,被告人にそれを立証する術がないとしても,本件交通事故にかかる軽症事故による業務上過失傷害罪について,被告人に宣告された懲役1年・執行猶予3年という判決は,重きに失するものである。
次のふたつは,見間違えようのない被告人の明確な記憶である。
それを認めさせる証拠はともかく,事故直後より,被告人がこの2点を一貫して主張していることは事実であり,被告人がウソをつく動機の有無を推察いただければ幸いである。
以下,客観的な証拠あるいは科学的な検証を中心に理由を述べる。
東京高等裁判所第3刑事部中川武隆裁判長の為した判決(以下「中川判決」とする)は,その理由に科学的な根拠が欠けている。まずは中川判決5ページ目を抜粋する。
原判決は,前記のとおり山*及び保*の各証言の信用性判断を誤った上に,山*の証言中,自車の発車時のスピードを10キロか20キロだと思うと述べた部分にとらわれて,その後の加速具合を考慮せず,衝突時までの走行速度が時速20km以下にとどまることを前提に推論を組み立てたために,山*車に見切り発車の疑いがあるとの誤った判断に至ったものと考えられる。
この中川判決は,衝突時までの走行速度がさらに加速することを極めて抽象的に表現し,それをもって横浜地方裁判所大4刑事部日野浩一郎裁判官の為した判決(以下「日野判決」とする)が誤っているかのように記し,そして日野判決を破棄した。
しかしながら,中川判決が示唆したように,山*車が加速を続けたとしても,所要時間はコンマ1秒しか変わらない。なお,加速度は中川判決に記された0.2g(gは重力加速度9.8m/s2)を採用した。
等加速度運動の区間 | 等速運動の区間 | 合計 | ||||||
所要時間 | 移動距離 | 速度(km/h) | 速度(m/s) | 所要時間 | 移動距離 | 時間(秒) | 距離(m) | |
ア〜イ間を等加速度運動,イ〜ウ間を等速運動 | 3.47 | 11.80 | 24.48 | 6.80 | 0.94 | 6.40 | 4.41 | 18.20 |
ア〜ウ間を加速し続けた場合 | 4.31 | 18.20 | 30.41 | 8.45 | 0.00 | 0.00 | 4.31 | 18.20 |
なお,表1および図1,図3の数値は日野判決に記された加速度および計算式を参照した。次に日野判決の計算式を含む箇所(日野判決10ページ目)を次に抜粋する。
(一般的に顕著な算定式によれば,普通乗用自動車が先頭で発進する通常の加速のばあい,加速度0.2g(gは重力加速度9.8m/s2)程度が通常(顕著な事実)であり,そうすると,山*が被告人車両を発見するまでア〜イ間11.8メートルで加速したとして,計算式√2×(加速に要した距離〔メートル〕)/0.2gによれば,おおむね3.47秒を要し,この場合の加速後の速度が時速約24.4キロメートルであるが,これにイ〜ウ間を走行する約1秒を加えると,4秒余りを要することとなる。)
ちなみに,ある速度に達するまでに所要する時間は,時間=速度÷加速度で容易に計算可能である。参考までに表2に示す。
秒速(m/s) | 所要時間(秒) | 移動距離(m) | |
時速32キロに達するまで | 8.9 | 4.54 | 20.21 |
時速31キロに達するまで | 8.6 | 4.39 | 18.87 |
時速30.4キロに達するまで(中川判決) | 8.4 | 4.31 | 18.20 |
時速30キロに達するまで | 8.3 | 4.23 | 17.57 |
時速29キロに達するまで | 8.1 | 4.13 | 16.74 |
時速28キロに達するまで | 7.8 | 3.98 | 15.52 |
時速27キロに達するまで | 7.5 | 3.83 | 14.35 |
時速26キロに達するまで | 7.2 | 3.67 | 13.22 |
時速25キロに達するまで | 6.9 | 3.52 | 12.15 |
時速24.4キロに達するまで(日野判決) | 6.8 | 3.47 | 11.80 |
時速24キロに達するまで | 6.7 | 3.42 | 11.45 |
時速23キロに達するまで | 6.4 | 3.27 | 10.45 |
時速22キロに達するまで | 6.1 | 3.11 | 9.49 |
時速21キロに達するまで | 5.8 | 2.96 | 8.58 |
時速20キロに達するまで | 5.6 | 2.86 | 8.00 |
中川判決が抽象的に示唆したように,衝突時までの山*車の走行速度が時速20kmを超え,衝突の直前まで加速を続けたとしても,その速度は,時速30.4キロメートルにしかならない。そこまでに要する時間は4.31秒だ。そして,この4.31秒という数値は,日野判決の「4秒余り」という認定と同等である。
以上のとおり,中川判決には日野判決を覆す合理的な理由はない。
被告人は,自ら作成した控訴趣意書(28,以下「被告人控訴趣意書」という)を,弁護人が作成した控訴趣意書とは別に提出した。しかしながら,中川判決においては,たったのひとことさえ被告人控訴趣意書に触れておらず,かつ,中川判決の内容には被告人控訴趣意書において被告人が主張する内容に関する検討もまったく見られない。
また中川判決は,公判一回目において,被告人に名前と住所などを言わせ,被告人が手を挙げて「(発言)よろしいですか?」と尋ねても,これを認めず,わずか5分程度で終了した。そして公判2回目には判決文が読み上げられるだけであった。
法令や慣例上は何ら中川裁判官の責を咎めることはできないのであろうが,法曹だけで進行が進められた控訴審に対して,被告人は疎外感を痛感せざるを得ない。自分の刑事責任が追求される作業であるにもかかわらず,それに参加させてもらえず,まるで遠い世界のできごとであるかのようにさえ感じられる。
ついでに書けば,証人山*は「10キロから20キロ」と証言しているに過ぎない。それなのに,なぜ中川判決が当事者の証言を超えた推測でものごとを認定するのか,はなはだ疑問である。ともかく,中川判決が抽象的に示唆し,それを前提として計算した数値をもとに,さらに検討を加える。
証人山*が「信号待ちで停止していた」と供述する位置アから衝突(あるいは転倒)地点ウまでの距離は,ア〜イ間の11.8メートルとイ〜ウ間の6.4メートルの合計18.2メートルである。
この距離を中川判決が示唆したような加速度で,衝突(あるいは転倒)直前まで加速を続けたとしても,発進から衝突(あるいは転倒)までの要する時間は,図3に示すとおり4.31秒となる。
警察官作成の捜査報告書(甲5)によれば,被告人車両の痕跡を元に計算しているが,その計算方法は次の通りである。
(1)計算式 V=√α×G×R(m/s)
(2)測定値
A〜B=16.0メートル
t=2.0メートル
(3)算出
ア 痕跡の曲線半径算出
R=(16×16)÷(8×1)
R=256÷8
R=32
イ 速度算出
V=√0.7×9.8×32
V=√219.52
V=14.8(m/s)
14.8×3.6=53.28km/h
この計算式は,半径の測定値が数十センチ変わると,速度が大きく変動する。直線距離は16メートルのままで,半径の測定値が20センチ単位で変動した場合に求められる数値を次の表に示す。
ふくらみ(甲5上ではt) | 半径 | 速度(m/s) | 速度(km/h) |
1.6 | 25.6 | 13.3 | 47.7 |
1.8 | 28.8 | 14.1 | 50.6 |
2.0 | 32.0 | 14.8 | 53.3 |
2.2 | 35.2 | 15.5 | 55.9 |
2.4 | 38.4 | 16.2 | 58.4 |
警察の測定方法および計算方法が妥当であると仮定し,さらに検討する。
被告車両を時速53.28キロメートル(およそ秒速14.8メートル),摩擦係数を0.7すると, 急ハンドルを切ることなく,4輪がしっかりと制動した状態で停止までにおよそ14.1メートル,停止に要する時間は約2秒である。 本件においては,急ハンドル後に弧を描いているため,これ以上の時間を要することは明白であるが,警察の計算式を被告人がよく理解できないことから,便宜的に約2秒を被告車両の制動距離とする。
この制動距離の元となる速度は,制動痕から算出されているため,制動痕の始まる場所を制動の開始地点(時点)とみなすべきであり,その位置は,現場検証図(甲1)によれば,衝突(あるいは転倒)地点と同一地点となっている。
警察は,制動痕によってその半径と速度を求めているから,制動痕の始まった場所における速度が時速53.28キロメートルと算出したことになる。そこで警察官の作成した現場見取り図(甲1)を見ると,その場所は衝突(あるいは転倒)地点と一致する。
以上のことから,山*車が発進してから,被告人車両が停止するまでに要する時間は,6.34秒となる。
ここまでの検討を元に,山*車が青で発車した場合の再現動画,および原告の記憶を尊重した再現動画を次に掲げる。
なお,信号サイクルは,実況見分調書(甲4)に準じて作成した。動画上の時計は,被告人の対面信号が黄色・左折可矢印に変わった時点からカウントを開始する。時計が3.00秒のときに,被告人の対面信号は赤色・左折可矢印となり,時計が6.00秒のときに山*および佐**の対面信号は同時に青にかわる。
なお左側の動画は,中川判決が認定したように,山*車が対面信号の青を確認後に発車することを基準とし,その4秒後に被告人車両と衝突する状況を再現した。
上記2つの動画のどちらがより真実に近いのかを検証するには,佐**の証言に注目すべきである。なぜなら,佐**は山*車と被告人車両の事故の発生に無関係であるからだ。なお,被告人は事故当日から,神奈川県警加賀町警察署の高橋巡査に対し,佐**を目撃者として調べるように求めたが,高橋巡査は応じなかった。そして事故からおよそ1週間後,佐**は「足が痛い」と被告人に電話してくることになる。
事項においては,佐**証言の信用性を検討する。
中川判決は,佐**証言を「山*及び保*の各証言の信用性を裏付けるもの」と評価した。以下,中川判決5ページ目より抜粋する。
しかしながら,山*車が発進した時点でその対面信号が青になっていたことについては,前記のとおり山*及び保*の一致した証言があるほか,佐**の上記証言の内容も,本件事故の発生すなわち被告人車と山*車の衝突が,佐**の対面信号及び山*の対面信号が同時に青に変わってから数秒彼の出来事であることを示している点で,山*及び保*の各証言の信用性を裏付けるものとみるのが相当である。原判決は,前記のとおり山*及び保*の各証言の信用性判断を誤った上に,山*の証言中,自車の発車時のスピードを10キロか20キロだと思うと述べた部分にとらわれて,その後の加速具合を考慮せず,衝突時までの走行速度が時速20km以下にとどまることを前提に推論を組み立てたために,山*車に見切り発車の疑いがあるとの誤った判断に至ったものと考えられる。
佐**証言の位置づけはともかく,中川判決は事実を誤認している。以下,佐**証言の信用性について指摘する。
中川判決6ページ目より抜粋する。
被告人の上記指示説明及び供述内容は,前記のとおり信用できる山*,保*及び佐**の各証言に明らかに反しており,現場に残された被告人車のタイヤ痕や,被告人車及び山*車の破損状況,さらに,山*及び佐**の負傷状況などに焦らしてみても,到底措信できないものである。
中川判決は,このようにタイヤ痕をも持ち出して,被告人の供述が信用できない旨を結論づけている。しかしながら,どうしてタイヤ痕が被告人供述を否定するかについては何ら記述がない。
被告人車両の停止位置が歩道の手前約3メートルの位置であることは制動痕(こん)から明白である。一方,第一審における佐**証言は,被告人車両が歩道に乗り上げた旨を証言した。
(被告人)その後のことなんですけれども,証人がしりもちをついているときに被告人の車はどこで停車しましたか。
(証人佐**)右,すぐ横です。
証人の右側に停車したんですか。
はい,歩道に乗り上げて。
(被告人)私の車は車道上で止まらないで,横断歩道まで乗り上げて止まったということですか。
(証人佐**)はい。私のすぐ横で止まりましたから。
それはあなたの右側になるわけですね。
はい。
もともと渡ろうとしていた道路の,見ていた信号に向かって,あなたの右側に車が来たということですね。
そうです。
佐**は,同じ方向に歩きだした友人たちについて,次のように証言している。
友達が左のほうに2人いましたから,左のほうによけたら友達を倒すことになるからやめました。
見えましたよ。彼らはかなり左にいましたから。
(被告人)向かってくる車両を認めた後,どうされたか。
(証人佐**)一瞬的に左へよけようと思ったんですけども,友達がいるので,翻して歩道のほうに逃げました,車に背を向けて。
左側というのは,体を反転させる前の状態で左側ということですね。
そうです。
反転させた状態ではそれは右側になるわけですね。
私のね。
縁石で転んだということなんですけれども,そのときにお2人の友人はどこにいましたか。
僕の様にいました。
右側ですか。
多分戻ってきたんだと思います。
それは右側ですか,左側ですか。
いや,僕は転んでいるから左側になりますね。座ってすね抱えてたから。
当初横断歩道を渡ろうと向かってた方向の左側ですか,右側ですか。
方向の左側です。
当初向かっていた方向に対して左側ということですね。
左側ですね。
このように,佐**は,信号待ちから転倒にいたるまでの間に,佐**の進行方向左側(元町側)に2人の友人がいたことを供述している。
制動痕(こん)が示す被告人車両の位置に,これら佐**の供述を投影すると,右図のようになる。なお,右図は動画につき,紙にプリントした状態では,正しく表示されないことに留意して欲しい。
動画に示したとおり,佐**の供述に従うなら,佐**が転倒した位置は,被告人車両の停止位置ないし,その延長線上よりも元町方面側ということになる。遡って,佐**が体を反転させた動作は,進行方向左側にいた友人にぶつからないように行ったとの主張から,転倒位置よりも元町側であり,さらに遡って信号待ちをしていた位置も概ね元町側ということになる。
そうすると,信号待ちをする3人ともが,横断歩道の元町端よりも元町側にいたことになり,これは極めて不自然であるといわざるを得ない。ましてや,3人は青信号に飛び込んだのではなく,赤から青に変わるまでの時間を待っていたのであるからなおさらである。
証人佐**は,第一審の法廷において,次のように証言している。
友達が左のほうに2人いましたから,左のほうによけたら友達を倒すことになりますからやめました。
一瞬的に左へよけようと思ったんですけれども,友達がいるので,翻して歩道のほうに逃げました,車に背をむけて。
まるで時間が止まっているかのような描写である。しかしながら,当時66歳の佐**およびほか2人が,急制動・急ハンドルによってコントロールを失い,向かってくる車両に対する反応として,不自然さを否めない。また,向かってくる車に背を向け,来た方向に戻る,という動作は,さらに不自然である。
なお,被告が事故当初より供述しているのは,被告人車両に驚いてその場でしりもちをついた佐**の姿である。
通話記録6-6によれば,佐**は,事故直後には「大丈夫ですか?」との問いかけに「大丈夫」と答え,そして普通に歩いて立ち去った。にもかかわらず,数日経過後に「脚が痛い」「会社を休んでいる」などと言い出している。そのなかで脚の痛みについての供述は,不自然である。以下,通話記録6-6より抜粋する
(被告人)
私,こういうことを言うのもですね。
あのう,ま,あのときすぐ,
ぼ,ぼくがみてたときには,すぐに立ち上がられたんですよ。
すぐに立ち上がって,ね,たしかにぼくに怒ってましたよね。
(佐**) そうそうそう。
そして,そのまま歩いて会社に行かれましたよね。
何事もなかったように。
そうそうそう。びっこひきながら。
びっこはひいてなかったですね。
びっこはひいてなかったですね。
普通に,普通に歩いていかれましたよ。
えっ。
普通に歩いていかれましたよ。
だから,私は何度か「大丈夫ですか」と聞きましたよね?
「大丈夫ですか」と。
だから私・・・。
「大丈夫だ」と,そのまま歩いていかれましたよね?
ぼくも,あの,ほら,まあ,あの,自衛隊いたとき,武道とか,なんかやってたから,ほら,よく○○(不明)なんかするじゃない。
武道なんかいったらね。僕ら少林寺拳法やっとったから,○○(不明)なんかするじゃない。
ええ。
そのぐらいな打撲だから,「たいしたことねぇや」と思って,ほいで行ったのよ。
ほしたら会社いったら,デスク座ったら,今度は起きあがる,立ち上がること,立ち上がれなかったの。ほいで,ほら,すぐ電話したじゃない,あんたに。会社からね。
まあ,そんな状態。まあ,それは,それはどうでもいいんだけど。
ちょっと,あの私,私も医療のまったくのシロウトじゃないですけども,
あの,まったく,まったく医療の右左もわからない方じゃないです。
医療といいますかね,人の身体のことわかんない方じゃないですけども,
あのぅ,ひざ,関節,に対してですね。
あのぅ,そのときは何ともなくてですね。後から痛くなったわけですね。佐**さんは。
そうそう。会社いってからね。
いや,何ともないってことないですよ。
痛いことは痛かったけど,まあ,歩けるからね。
でも,私がね,私がね「大丈夫ですか?」と聞いたときにね。
なぜ,何も言わなかったんですか?
いや,だから,あの痛かったけれども,
まあ,大丈夫だろな,そんな○○○○○(不明)だから,
大,大丈夫だろなと思って・・・,行ったわけよ。
でも,「びっこひいた」って言ってたじゃないですか。
大丈夫じゃないのは,「びっこひいた」って,今おっしゃってるじゃないですか。
いや,だから。あ,あ。
びっこひいてるっていうのはね,誰でも意識できますよ。
脚がおかしいからね,脚の状態がおかしいからびっこひくわけですよ。
「なにもない」「なにもないと思った」と言いながら,「びっこひいて歩いた」というのは矛盾してますよ。佐**さんのおっしゃてることは。
いやいや,だ,脚が痛いけどもね,したけれども歩けるこ・・・,ま,会社なんだから,
あ,歩けないこともないから行ったわけよ。ま,これ打撲だから・・・。
いやいやいや,違いますよ。私がお聞きしてるのはね。
佐**さん,いま「何ともないと思った」とおっしゃいましたよね?
で,その言葉と,「びっこをひいてた」という言葉は,矛盾してませんか?
あ,だから・・・。
じゃ,ま,か,か,彼,彼らに聞いてよ。
いや,違います,違いますって。
佐**さんの言葉のことをね,確認しているんですよ。
佐**さんがいまおっしゃったね。「何ともなかった」というのと・・・。
何ともないじゃない。いた,痛いよ,あんた。だって,立ち,立ち上がれなかったじゃない。あそこで,痛くて。
違い,さっ,佐**さんすぐ立ち上がりましたよ。
だから,だっ,しばらく,立ち上がったから,ま痛いけど,立ち上がったから・・・。
いやいや,だから,私が確認したいのは,
「びっこをひいてた」というのと,「何ともなかった」というのは,矛盾してるんですよ。
どっちが正しいんですか?
いや,そら,痛かった,痛かったよ。
いや,違うんですって。
じゃ,痛かったのに「痛くない」と言ったんですか?
いや,だから,痛いけども,ま,あ,歩けるから大丈夫だなって,ぼくは思ったのよ。
で,今はどうなってるんですか?
ほいで会社行ったのよ。
そいで今,で,後から痛くなったんですか?
そうそうそう。だか,だから会社から・・・。
で,で,そのね,その診断のね,状況はね。
医者さ,お医者,医者はね,必ず説明をします。
診断書に書くだけじゃなくて。
ほいでねぇ。
どこがどうなってるってことを説明するんですよ。患者に。
どういう説明を受けましたか?
だから,この前にも,ほら,あんたに言うたっけ,
レントゲン3枚撮ったのよね。
ええ。
○○(不明)とまん前とね。
ほいで,それ見せてて,あ,これ,フネ,骨にはひび入ってないから,
これ,あのまあ,あの,打撲,強打っていうかね。
だから,湿布だけくれたのよ。
あの,痛くなくても湿布はくれるんですよ。医者は。
あ,それ言わないでくれる。痛い,ぼくは痛いから医者行ったんだから。ほいで・・・。
いやでも,痛くないって言ったたじゃないですか,私の前で。
ま,それはいいでしょう。でね。
証人佐**は,第一審での証言において,被告からは示談の話しがなかった旨を述べた。しかしながら,被告は,自賠責保険の被害者請求を促すことにより示談を行っている。<被告人と佐**の通話記録(附則21-2),通話のリライト書類>
(被告人)聞きましたよ。いやいや,だから結局,それは,私は請求できないですから。私は請求できないというか,結局,いまのお話しで,私はせいきゅ,私が代わって請求する気をなくしたというのは,なくしたということは,佐**さんがご自分でそれをとって,あの領収書はお返ししますから,それを,書類を整えて,自賠責に出すんですよ。
(佐**)ああ,それは,あのぅ・・・。
佐**さんができますから。
そりゃ病院,あ,お,いや,あの,そりゃもう病院聞いて,おれ(不明),あんたがそこまで言うんだったら,やるけども・・・。
ええ,そうしてください。
また,被告人は,被害者請求を促した理由も明らかにしている。<被告人と佐**の通話記録(附則21-1),通話のリライト書類>
(被告人)え,じゃ,いつまで病院にね,いくつもりなんですか?申し訳ないですけど自分でね,申し訳ないですけどちょっと自分でやろうと思ったんすけどもね,なぜならば,佐**さんには過失はないから。過失はないですよ,佐**さんに。だから,ぼくはそれをやろうと思ったけれどね,ね,ね。多少のね,多少ね,多少のことには目をつぶってやろうと思っていたけれどねも,ちょっと私もその気をなくしました。で今回の件については,あのね,で,佐**さんはね,過失はないわけですからね,自分で自賠責には請求できますから,その手続きをご自分でやってください。私は佐**さんのためにその手続きをする気をなくしましたから。ちゃんと使ったカネはね,使ったカネは,佐**さんのほうでできますから。書類は・・・。
なお,この記録のなかで,被告が言及しているとおり,最初に佐**に連絡をとったのは,事故発生の日(2004年2月6日)から1週間程度後のことである。<被告人と佐**の通話記録(附則21-3),通話のリライト書類>
(被告人)あのね,ぶつかって,ぶつかってね,1週間もしばらく経ってからね,足が痛いと言い出して,で,話しを聞いてみれば,ね,矛盾したことを言う。矛盾した内容というのは,ね,痛くなかっ,あのね,痛かったといいながらね,いや,痛くなかったといいながらね,ビッコひいてなんて言う。
最初に被告人が佐**に連絡をとった日については,2004年(H16)5月29日に加賀町警察署高橋巡査が作成した供述調書(甲3号証)にも次のような記録が残されている。
事故の直後,私は佐**さんに対して大丈夫ですかと聞いたところ佐**さんは,大丈夫と言いながら歩いて立ち去りました。その男性には,私の名刺を渡してありましたが,2月15日頃に私が電話したところ,足が痛くて会社には行っていないと言っていました。
第一審における「事故の当日に被告人に電話した」「被告が示談の話しをしなかった」などといった佐**の供述は,上掲の記録と異なっている。
証人保*は,警察と検察における供述,および,裁判所での証言において,原付の見る信号が青になったことを視認していた旨を証言し,ているものの,目撃者保*がいたとする位置から見ると,原付の見る信号は,斜め方向を向き,さらにフードがかかっているため,視認は困難である。また,事故は午前8時ころに発生しており,その時間において,太陽は,目撃者保*の対面方向にあり信号の視認性は,さらに悪かったことが推察できる。(3-8,3-9,10)
さらに,保*の位置からすれば,原付の位置と原付の見る信号の位置は大きく離れているため,保*が意識的に確認しなければ,正確に原付の走り出した時点と原付の見る信号が青になるタイミングを正確に判断するのは困難である。これは日野判決も指摘するところである。
加賀署が掲げた目撃者募集のお願い看板(7) |
批判を恐れずにいえば,日本の捜査機関は,被害者のお医者さまの診断書と,加害者に道路交通法違反の事実があれば,それだけで業務上過失傷害罪を成立させることが可能である。そして一時捜査機関である警察は,道路交通法違反の所在を認めさせる証拠として,目撃証言をひんぱんに利用している。
また,被告人の知る限り,主として自ら警察に申し出てきた目撃者は,警察官が「事件当事者と面識はあるか?」と聞いたときに「いいえ」と答えれば,調書にはその通りに記録される。また裁判所においても,「事件当事者と面識はあるか?」と尋られたときに,「いいえ」と回答するだけで,裁判所はその目撃者を“完全なる第三者”として扱っている。
仮に事件の関係者が目撃証言の依頼を頼んだとして,その証言内容が精査されることはあっても,第三者かどうかを判断する現実的なメカニズムは何ら存在しない。
一方,事件の当事者が知り合いに虚偽の目撃証言を頼んだとしても,その関係を立証することは,個人情報保護の整備が進んだ現在において,一般人にはほとんど不可能である。
もちろん善意の第三者が協力を申し出るケースが存在することは否定できない。しかしながら昨今の社会情勢を踏まえれば,逆恨みされかねないリスクを負って,どれほどの第三者が証言をするのか,はなはだ疑問だ。さらに言えば,1999年から2000年に続いた警察不祥事に端を発した警察不信はいまなお存在し,捜査への協力者も減少傾向にある。
次の表は,全国の都道府県警察の警察官のうち,警察署の交通課で勤務する警部補以下の階級にある者1,077人に対して,「10年前と比べて国民の理解や協力は得られやすくなったか」のアンケートの結果である。平成17年の警察白書より抜粋した。
10年前と比較し,警察への理解と協力が得られなくなっていることは明らかである。その一方,道路におかれた目撃者へのお願い看板は,被告人の感覚において著しく増加しているようだ。「目撃者求む」と書かれた警察の看板が乱立する現状を鑑みれば,ある程度の洞察力を持った人々が,目撃証言によって事故の扱いが大きく変わることを感じ取るのは当然のことである。
証人保*は第一審において次のように証言した。
(弁護人)原付の運転手,山*さんと言いますけれども,山*さんがその元町方面から走ってきた車両に衝突する前に,原付もろとも転倒したということはなかったですか?
(証人保*)ありません。
原付が元町方面から走ってきた車両に衝突した瞬間,その原付はどのようになりましたか。
後輪が浮いた形で,こういう形。
後輪はね上がったような形。
はい。
それで,原付が少し立ち上がるような形になったということですか。
はい。
衝突したときに大人何か聞きましたか。
ブレーキ音とガチャンという音。
証人は後輪がはね上がった原付を見て,どのようなことを思いましたか。
死んじゃったかなと思いました。
<証人尋問調書10〜20ページより>
被告人は,事故当初から一貫して,原付は衝突前に自ら転倒したと主張してきた。しかし,被告人が事故直後の写真を交えようが,文書化しようが,再現動画を作成しようが,司法に携わる公務員たちは誰一人として被告人の主張を採用しなかった。
しかしながら,被告人がウソをついているならともかく,フロントウィンドウの直前に起こったできごとを見間違えることはない。数十メートル離れた場所でのできごととは違うのである。一方,保*証言は,被告人の見た状況とはあまりにも大きくかけ離れている。司法の判断はともあれ,被告人には保*が山*に頼まれて証言しているとしか思えない。
次の項では,車両の破損状況などから,保*証言の信憑性を考察する。
証人山*は,横浜地裁において,検察官証拠番号甲2添付の交通事故現場見取り図(作成日平成16年2月12日)を参照しながら,の位置で信号を待ち,の位置で被告人車両を確認し,の地点で衝突した旨を証言した。<証人尋問調書5ページ12行目より9ページ15行目まで>
ここで証人山*が参照した検察官証拠番号甲2添付の交通事故現場見取り図を左に,判決に添付された交通事故現場見取り図を右に示す。
証人山*の証言に基づき作成された図面(左側)には,制動痕(こん)が描かれていないので,上記,右図の制動痕を左図に投影すると次のようになる。
これに被告人車両および山*車両を投影すると次のようになる。 制動痕(こん)により,被告車両の位置は,容易に特定が可能である。 |
参考までに,検察官証拠番号甲2添付の交通事故現場見取り図(作成日平成16年2月12日)に描かれたイラストは次のようになっている。 |
証人山*は,「証人が被告人の車両に衝突する以前に,既に転倒していたということはありませんか。」との検察官の質問に対し,「ええ,ありません。」と答えている。<証人尋問調書9ページ13〜15行>
しかしながら,事故直後に被告人が撮影した写真によれば,被告人車両に残された痕跡は,極めて軽微な過傷が後部ドアの中央あたりから始まり,タイヤハウスの周囲を含めたボディ部に重大な痕跡は認められない。なお,ホイール部にはある程度大きな傷が残っており,これが山*車両との主たる接触点となり,山*車両の前輪に衝撃をあたえたものと推察することができる。
ここで,事故直後に被告人が撮影した山*車両の写真を示す。
被告人が事故直後から主張し,陳述書(加賀町警察署に提出)および陳述書3(横浜地裁に提出)で示した山*車両との接触状況は,右動画のとおりである。
(山*運転の)原付バイクは,その進行方向右側に自ら転倒した。私は緊急回避操作を行い,なんとか原付バイクを回避した。と,思ったら,クルマの後部左側に衝撃を感じ,原付バイクを引っ掛けたことに気付いた。
被告人の証言,被告人車両に残された痕跡,そして原付バイクの破損状況に基づき衝突の瞬間のイメージを作成した。
※動画であるため,紙に印刷されたものでは表示されません。
中川判決(法令の適用)は,犯状の重い佐**政*に対する罪の刑で処断するとしている。中川判決は何ら具体的に記していないが,結局,“お医者様の診断書”に記された科料期間をその根拠としてることに疑う余地はない。
しかしながら,被告が陳述書3中の2の(3)で指摘したとおり,日本の医療制度は「出来高払い制」による算定がなされている。そして,この「出来高払い制」によって,過剰な医療が行われる温床となり得ることは,ひんぱんに指摘されるところである。
被告人は,医療機器を医療機関に販売する職に7年間従事した経験がある。そこで扱った商品のなかには,商品価格よりも高い金額で保健機関に請求できるものもあった。いわゆる薬価差益の発生だ。そうした商品を売るときには,医師に対して,「これを使うと差額が○○円になります」といったセールストークを口にすることも日常的なことであった。
こうした矛盾を生み出す日本独特の医療システムが診療報酬制度である。医療行為や医療材料の単価を国が定め,医療機関は施したひとつひとつの医療行為や医療材料を,保健機関に診療報酬として請求するという,いわゆる「出来高払い制」である。この出来高払い制がもたらす現実は次のとおりだ。
意識を失った重傷者でない限り,医師はまず問診を行い,それから科学的な診断を行う。問診とは,「どこが痛いですか?」といった口頭でのやり取りだ。その上で相手が「痛い」という箇所に視診や触診を行い,それからレントゲンやCTやMRIなどの画像診断装置による診断を行うのがセオリーだ。風邪で病院にいくと,医師は胸部のレントゲン写真を取りたがるように,「足が痛い」と言えば医師は必ずレントゲン写真を取るものである。もちろん,より正確な診断のためには,画像診断装置は有効なのであるが,それとは別に病院経営上の理由がある。画像診断の収益が,病院経営上の大きな柱となっているということだ。だから,医師はレントゲン写真を撮りたがるのである。そうして,診察が終わり,問診で○点,レントゲン写真が×枚で計△点,処方箋で□点,合計で◎◎点。これが病院の売り上げだ。ちなみに,1点は10円で計算される。これが医療の現実である。
このように,ケガがあるから診断書が出るのではなく,医師に診てもらったから診断書が出るという側面が存在するのである。にもかかわらず,交通捜査係の警察官は,“お医者さまの診断書”をまるで“人身事故の被害者証明書”であるかのようにとして扱っているようだ。
本件において,前裁判所は,“お医者さまの診断書”のほか,検察の捜査関係事項照会回答書(甲17)を採用し,「膝蓋部に創のあとが見られたこと(甲17の1丁目)」と認定した。しかしながら,甲17に示された検察の照会は,事故から17ヶ月以上後のことである。毎日多数の患者を診る医師が,明確な記憶を記述したというより,記録を辿って記されたものであると推察するのが相当であろう。なお,カルテ(甲17の2丁目)の症状欄には,症状らしきものを示す記載は存在しない。それでも検察はこれを証拠とし,裁判所はこれを採用し,また事実認定の有力な材料にしている。しかしながら,診断書を患者に書き,治療費を受け取ったあとで「異常はなかった」と供述する医師がはたして存在するだろうか。
そもそも,本件においては,転倒に至るまでの佐**供述に不自然な点は多い。こうした不自然な供述までも「事実」として認定した中川判決の論理は,まるで“お医者さまの診断書”にあわせて,不自然な供述をも「事実」として認めたかのように被告人の目には映る。
“お医者さまの診断書”は,学校や会社を休む場合に求められる場合もあり,診断書を書くときに,医師が加害者の刑事責任を左右する責任を感じる必要はない。ちなみに,警察提出用の診断書は,傷病名と治療期間と双方の名前が書かれた程度のものが一般的だ。なお,診断書に記される治療期間は,「医師の経験値」という主観に大きく左右さあれるものである。一方,捜査機関や裁判所は,診断書を“被害者証明書”ひいては刑事責任を追及するための“揺るぎない証拠”として扱いがちである。
交通捜査の警察官や検察官は,“お医者さまの診断書”さえあれば,それを人身事故として扱い,加害者には示談を促している。一方,加害者が“お医者さまの診断書”に対抗することはできない。したがって,示談を有利にすすめる材料として“お医者さまの診断書”が利用されることは決して少なくない。少なくないというより常識といっても過言ではない状況ではないだろうか。ささいな事故にも救急車を呼び,お医者さまに診てもらえば必ず診断書がでる。診断書さえ手に入れれば,示談は圧倒的に有利になる。なにしろ,警察が示談を後押ししてくれるからである。これが軽微な事故の現実だろう。
ちまたでは,「死亡事故が減ったのは医療の進歩によるところが大きい」などともっともらしい理由が語られている。しかし,それが本当であるなら,交通事故1件あたりの医療費は増えるはずである。そこで,自賠責保険収支の推移を調べてみると,傷害への支払い件数は増加傾向にあるにもかかわらず,1件あたりの支払い額が緩やかな減少傾向を描いていることがわかる。このことは,補償額の安い事故が増加していることを如実に示している。
一方,ジャーナリストの柳原三佳氏らの指摘するように,重篤な交通事故における払い渋りという問題が起きている。自賠責保険は,各損保各社のいわば「先出し勘定」のようなものとなっており,各損保各社に支払いを抑制しようとするダイナミズムが働くのは当然である。それが補償額の高いところに向けられていると推察できる。
保険金総額(支出)が大きくなれば,保険料(収入)を上げなければならない。しかし保険料に連動する保険料率(保険料/保険金)は容易に変動させることはできない。保険料が上げられないのなら,保険金総額を抑えるしか方法はありません。そうして,保険金総額を抑えるために,個別の保険金を減らす現象(払い渋り)が起こるわけである。
念のために言及しておけば,人身事故における任意保険の補償は,自賠責保険の限度を超える分にのみ適用されている。ちなみに自賠責保険の限度額は,医療費のほかに,休業補償が1日につき5,700円,慰謝料が1日につき4,200円で後遺障害がなければ合計の限度額は120万円である。
5の(1)に示したとおり,医者にかかれば,医師は必ず診断書を出すものである。さらに続けて医者にかかれば,それだけで自動的に加療期間が延長されたことになる。本件において,佐**が**病院で取得した診断書(甲9号証)には,「2週間の加療」と記されている。つまり,中川判決ならびに日野判決は,佐**の通院により自動的に延長された期間によって量刑を決定したことになる。
なお,3の(4)に示した音声記録<附則21>のとおり,被告人がやりかけていた佐**の保険請求を止め,被害者請求を佐**に促したのは,佐**が「まだ痛い」と,いつまでも病院通いを続けるかのようなことを幾度となく被告人に伝えてきたからである。これら佐**の言葉は,3の(4)にある音声記録だけでなく,加賀町警察署に提出しようとした「陳述書」および横浜地裁に提出した「陳述書3」に音声記録およびそのリライト文章として,提出している。なお,3の(4)に示した音声記録のなかにおいて,佐**は,シップがなくなったら,また病院にいく旨を述べており,いつまでも病院通いを続けるかのような印象を被告人に与えている。
司法機関が「医師の診断書」や「通院の継続で自動延長される加療期間」で量刑を決めることに理由はあるが,医療制度の現実を鑑みて,精査するべきではないだろうか。なお現在,日本の医療財政は危機的状況にあり,出来高払い制度は遅からず変革を迫られることになるはずだ。
山*の原付バイクの損害はともかく,本件事故において,被害者2人が手にした“お医者さまの診断書”に記された内容は,自賠責保険で十分にまかなえる程度である。そして,警察や検察が後押しする示談をすれば,起訴されるような事案ではない。にもかかわらず,被告人が,山*には当初から被害者請求を促し,事故の発生要因について責任のない佐**に対しても途中から被害者請求を促したのは,医療制度と司法制度間に発生する「縦割り行政の欠陥」につけこむかのような態度に憤りを感じたからである。
なお,被害者救済を目的とする自賠責保険は,加害者の意思にかかわらず,被害者請求が可能である。加害者がそれを拒むことはできない。このように特別な被害者救済システムがあるにもかかわらず,警察は,軽微な人身事故においても,刑事罰を振りかざして示談を促している。こうしたやり方が,「お医者様の診断書」を盾にした軽症者を増加させているのだろう。その結果が,本当に補償を必要とする重篤(じゅうとく)な被害者に保険金がおりないという事態につながるのである。
つまり,警察は,軽微な事故でさえ,刑事罰を振りかざしながら民事に介入しており,それが被害者救済どころか,似非(えせ)被害者を増加させ,結果として本当の被害者に保険金がおりない,という事態をひきおこしているのである。
こうした被告人の意見に対し,被告人の接してきた捜査機関・司法機関の公務員は,いっさい聞く耳をもたなかった。しかしながら,本陳述書においた統計のほか,財団法人交通事故総合分析センターの調査結果「最近の交通事故の特徴」にも被告人と同様の記述がみられる。以下原文のまま抜粋する。<http://www.itarda.or.jp/info17/info17_1.html>
事故データをみるかぎり,今までであれば,被害者が診断や治療を求めなかったため物損事故として処理された事故が,最近では被害者の意識の変化で診断や治療を求めるケースが増加し,そのことが人身事故の増加につながっているのではないかとも考えられる。追突事故における2,3当の軽傷死亡比率の増加もその一端を示していると考えられる。
それでも警察と検察が,“お医者さまの診断書”を拠りどころにして,加害者に刑事罰を振りかざし,そして裁判所が“お医者さまの診断書”に疑いを持たないのであれば,「交通安全」という金科玉条のウラ側は,甘い汁をなめにくる蠅(ハエ)だらけになるはずだ。
何度も繰り返すが,被告人が明確に記憶しているのは,自ら転倒した山*の姿と,その場でしりもちをついた佐**の姿である。診断書の評価はさておき,被告人の知りうるケースに比較して,本件交通事故が法で積極的に処罰すべき事件だとはとうてい思えない。とはいえ,検察が立件した理由については心当たりがある。
2005年(平成16年)12月6日, 被告人は,横浜地検の呼び出しに応じ出頭し,五十嵐博久副検事の取調べを受けた。この際,被害者との示談があって当然であるかのような五十嵐副検事の論調に対し,被告人は「どうして赤で進入した相手と示談する必要があるのか」と反発した。また,被告人は,五十嵐副検事の「警察を追認するのが検察の仕事だ」との言葉を批判し,また,供述調書の写しを供述者に渡さない理由を追求した。さらには,五十嵐副検事の「医者の診断書は絶対だ」「医者の診断を覆すには怪我のないことを示す診断書が必要だ」といった旨の言葉に対し,被告人は,「あなたたちが(医者の診断書を盾にした)詐欺を蔓延させているんだ」と強く批判した。
被告人は,検察が立件した理由がここにあると考えている。
1より3-9までは陳述書に添付したものに同一,4-1より10までは陳述書3に添付したものに同じ。11より27までは控訴趣意書に添付したものに同じ。
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以上