上記の者に対する業務上過失傷害被告事件について,平成17年10月7日横浜地方裁判所が言い渡した判決に対し,被告人から控訴の申立てがあったので,当裁判所は,検察官田中良出席の上審理し,次のとおり判決する。
原判決を破棄する。
被告人を禁固1年に処する。
この裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予する。
原審及び当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
本件控訴の趣意は,弁護人高谷進作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから,これを引用する。
しかしながら,原審で取り調べられた関係各証拠によれば,被告人が対面信号表示が赤色(青色左折可矢印)の倍音を表示していたのに,青色直進可矢印の信号を表示しているものと誤認し,同信号表示を確認せず,漫然,本件交差点内に進入した過失があったことはもちろん,一方,山*車がその対面信号表示に従って発進し,進行したことも優に認定できるところであって,山*車に見切り発車の疑いがあるとして,同車が信号表示に従って進行してきた事実を認定しなかった原判決の認定は是認することができない。
原判決は,まず,保*証言中の上記趣旨を述べた部分の信用性について,「厳密な意味で対面信号機が青になってから山*車両が発進したか否かについては山*車両の方向を見て意識的に確認した事柄ではないため,十分視認できていない可能性があ」るとか,「山*車両を藩識した時点でその対面信号機が青であったことからの推測が混入している疑いがある」などと疑問を提示している。しかしながら,この点に関する保*証言の具体的内容は,同人から見て左斜め前方にある信号(山*の対面信号)が青に変わったのを確認した後,前方の元町方面に目を移したところ,原付(山*車)が右の視界に入った,原付と同じ弁天橋方面からタクシーもほぼ同時に発車した,原付が発車したのは信号が青に変わってすぐだった,車に比べて原付は加速がよかった,というものであって,そこに原判決が指摘するような信用性を疑うべき要素は何ら見当たらないというべきである。≪ここまで3ページ目 - 改行 - ここから4ページ目≫原判決の上記信用性判断は,保*証言を正しく評価したものとはいえない。なお,原判決も指摘するとおり,保*は,警察官に対しては,右方にある歩行者用の信号(佐**の対面信号)が青に変わったのを見てから,すぐに左斜め前方にある信号(山*の対面信号)に目を向け,これが青に変わっているのを見たと述べていたものであり(原審弁10),原審証言はこの供述を一部変更したものであるが,供述変更の理由について原審証言中で相応の説明を述べているのであるから,この点も,保*証言の信用性に影響するとは到底考えられない。
次に,原判決は,山*証言も,対面信号が青に変わってから2,3秒後に発進したとする点などが措信できないとしているが(原判決6頁,10頁),山*の原審証言中には,青信号になって発進してから被告人車と衝突するまでの時間が2,3秒だと思う旨述べた部分はあるものの,対面信号が青に変わってから2,3秒後に発進したと述べた部分は全く見当たらない。山*は,自車の対面信号が青に変わってから発車した,発車した時のスピードは10キロから20キロだと思うなどと証言しているのであり,その内容は,保*の上記目撃証言ともよく合致し,十分信用できるのに,原判決は,上記のとおり,山*の証言内容を誤解して不自然な点が見られるとしているもので,その信用性判断には誤りがある。
(3)ところで,原審公判においては,もう1名の被害者である歩行者佐**も,自らの被害に至る経緯及び被害状況を証言する中で,被告人車が逸走してくるのを現認した際の状況について次のとおり証言している。すなわち,佐**は,歩行者用対面信号が青になったのをきちんと確認してから横断歩道を渡り始めたところ,左斜め前方から車(被告人車)が来るのに気付いて,身を翻して歩道の方へ逃げたが,歩道の縁石に左足がつまずいて転倒し,その際,左ひざを路面にぶつけたなどと述べた上で,被告人車に気付いたのは歩道から歩き始めて3歩か4歩くらいだと思う,この間,距離にして縁石から1m50か2mくらい,時間にして数秒ではないかと述べている。
佐**の上記証言が信用できることは,原判決も説示するとおりであるところ,≪ここまで4ページ目 - 改行 - ここから5ページ目≫原判決は,佐**の上記証言を基に,佐**が被告人車を認めたのは佐**の対面信号が青になってから2,3秒後と推定されるとして,本件事故の発生すなわち被告人車と山*車の衝突を,被告人の対面信号が赤に変わってから約5,6秒後と推定した上で,そこから更に被告人の対面信号が赤に変わった時点での被告人車の位置(走行地点)を推定し,被告人が対面信号に従っていれば本件交差点手前の停止線で停止できたこと,そして,そうすべきであったことは明らかであるとの結論を導いており(原判決7〜9頁),この結論を導いた判断過程に特に誤りがあるわけではないものの,原判決は,山*車が本件交差点の手前で停止した地点から被告人車と衝突した地点までの距離が約18.2mであることなどを基にして更に検討を進め,山*車が時速約20kmの速度でこの距離を進行したとしても約3.25秒を要することなどから,山*車が,その対面信号が青に変わる前に発進した疑い,つまり,山*車の見切り発車の疑いは残ると判断したものである(原判決10頁)。
しかしながら,山*車が発進した時点でその対面信号が青になっていたことについては,前記のとおり山*及び保*の一致した証言があるほか,佐**の上記証言の内容も,本件事故の発生すなわち被告人車と山*車の衝突が,佐**の対面信号及び山*の対面信号が同時に青に変わってから数秒彼の出来事であることを示している点で,山*及び保*の各証言の信用性を裏付けるものとみるのが相当である。原判決は,前記のとおり山*及び保*の各証言の信用性判断を誤った上に,山*の証言中,自車の発車時のスピードを10キロか20キロだと思うと述べた部分にとらわれて,その後の加速具合を考慮せず,衝突時までの走行速度が時速20km以下にとどまることを前提に推論を組み立てたために,山*車に見切り発車の疑いがあるとの誤った判断に至ったものと考えられる。
被告人は,平成16年2月6日午前8時ころ,業務として普通乗用自動車を運転し,横浜市中区本町5丁目49番地先の信号機により交通整理の行われているT字路交差点を元町方面から桜木町方面に向かい時速約50キロメートルで直進するに当たり,同交差点の対面信号機の信号表示に留意し,これに従って進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り,同信号表示が赤色(青色左折可夫印)の灯火信号を表示していたのに・青色直進可矢印の灯火信号を表示しているものと誤認し,同信号表示を確認せず,漫然上記速度で同交差点内に進入した過失により,折から,左方道路から信号表示に従って進行してきた山*幸*(当時32歳)運転の原動機付自転車を認め,急制動し右転把したが間に合わず,自車左側後部を同原動機付自転車に衝突させて,山*を同車もろとも路上に転倒させ,さらに,自車を対向車線に進出させて,その前方の横断歩道を歩行中の佐**政*(当時66歳)をして自車との衝突を避けるため退避を余儀なくさせて同人を路上に転倒させ,よって,山*に全治約10日間を要する左膝挫創,両下肢挫傷の傷害を,佐**に加療約33日間を要する左膝部挫傷兼擦過創の傷害をそれぞれ負わせたものである。
括弧内の数字は,原審における拠等関係カード記載の検察官請求証拠の甲乙別の番号を示す。
よって,主文のとおり判決する.