「安心・安全まちづくり」というフレーズが使われ出したのは、社会資本整備重点計画がはじまった2004年ころからだ。それまでは、道路整備5箇年計画によって、主に高速道路の建設に道路特定財源が注ぎ込まれた。道路整備5箇年計画は13回更新されたが、小泉道路改革で風向きがかわり、名称が社会資本整備重点計画となった。
同じころ、警察庁は駐車違反取締りの民間委託を進めていた。それまで駐車違反の反則金は、一旦国庫に収められてから、交通安全対策特別交付金として警察に流れていた。それを新しい法律によって、国を通さずに直接警察に流れるようにする大きな法改正であった。民間委託は、不人気な駐禁取締りを警察官がしなくて済むだけでなく、自治体から委託費をもらえることにより警察予算も増えるので、警察にとっては羨望の改正だったと言える。
社会資本整備重点計画をベースとした事業で、ひんぱんに登場するキャッチコピーが「安全・安心まちづくり」だ。
これまでクルマ中心だった道路整備を歩行者優先にする、というクルマを運転しない人たちが手をたたいて喜びそうなキャッチコピーである。
しかしながら、これまでがクルマ中心であったというのは語弊がある。正しくは、都会で集めた財源を田舎の高速道路建設に注いでいたのであって、都会のクルマが恩恵を受けるような事業はほとんどなかった。あっても別料金の有料道路だ。
警察と国交省が一枚岩となって推し進める「安全・安心なまちづくり」のうち、警察が担当する事業は、「安心歩行エリア」と命名されている。先に示した駐車違反取り締まりの民間委託とここで繋がることになる。そうして、迷惑駐車は歩行者の安全を脅かすことが大々的に広報された。警視庁と東京都は「スムース東京21」と題した大きな路上駐車撲滅キャンペーンを行った。またパーキングメーターは全国規模で減らされた。
こうして、路上駐車を排除しながら、莫大な予算が駐車場建設の補助金として注ぎ込まれた。
そして全国に、巨額の費用が注がれた駐車場が次々と完成していった。
駐車場名称 | 台数 | 国の事業費 | 場所代 | 収益 | 工期 | 備考 | ||
札幌 | 北一条地下駐車場 | 163 | 自走式 | 約75億円 | 無料 | 非公開 | H13年完成 | |
青森 | 長島地下駐車場 | 100 | 自走式 | 約90億円 | 無料 | 非公開 | H5~9年 | |
福島 | 平和通り地下駐車場 | 154 | 自/機 | 約78億円 | 無料 | 非公開 | H14年完成 | |
水戸 | 泉町駐車場 | 200 | 自走式 | 約60億円 | 無料 | 非公開 | H3~9年 | |
横浜 | 羽衣・伊勢佐木地下駐車場 | 207 | 機械式 | 約100億円 | 無料 | 非公開 | H6~14年 | |
東京 | 八日町夢街道パーキング | 200 | 機械式 | 約60億円 | 無料 | 非公開 | H3~15年 | |
東京 | 赤坂公共駐車場 | 66 | 機械式 | 約15億円 | 無料 | 非公開 | H5~10年 | |
静岡 | 静岡エキパ | 200 | 機械式 | 約61億円 | 無料 | 非公開 | H13~15年 | 国の分のみ |
名古屋 | 大曽根国道駐車場 | 196 | 自走式 | 約68億円 | 無料 | 非公開 | H3~8年 | |
四日市 | くすの木パーキング | 203 | 自/機 | 約69億円 | 無料 | 非公開 | H6~9年 | 国の分のみ |
大阪 | 桜橋駐車場 | 200 | 自走式 | 約90億円 | 無料 | 非公開 | H3~10年 | |
広島 | シャレオ駐車場 | 206 | 機械式 | 約100億円 | 無料 | 非公開 | H3~10年 | |
松山 | 松山市役所前地下駐車場 | 200 | 自走式 | 約73億円 | 無料 | 非公開 | H4~10年 | |
高知 | はりまや地下駐車場 | 200 | 自走式 | 約108億円 | 無料 | 非公開 | H3~9年 | |
合計 | 2495 | 約1047億円 | 無料 | 約11億円 |
本記事を書いた2006年当時、各駐車場毎の収益は非公開とされていたが、後に示す解散決定後に公開された。
これら超一等地の地下駐車場は、財団法人駐車場整備推進機構(JPO)が事実上の運営権を獲得し、料金収入はすべて財団のものとなっていた。2006年当時の役員名簿をみると、国土交通省と警察庁のキャリア官僚が常勤役員を占めている。
役職 | 氏名(敬称略) | 最終官職 |
理事長 | 鈴木道雄 | 建設事務次官 |
常務理事 | 矢野善章 | 国土交通省国土地理院長 |
専務理事 | 矢野進一 | 国交省大臣官房審議官 |
〃 | 平石治兌 | 警察庁関東管区警察局長 |
〃 | 熊 建夫 | 建設省建築研究所 |
JPOは、公共駐車場の運営のほかに、駐車場の整備に関連した調査・研究、駐車場に関する図書の発行などを行っていた。国交省が監修し、JPOが編纂した図書「駐車場法解説」は、全国の自治体で道路行政に関わる人たちの言わばバイブルである。そして都市計画課や道路課の担当者たちは、「駐車場法解説」を拠りどころとして、まちづくりを検討していた。
2006年当時、筆者が駐車場への公共投資について調べるなかで、横浜市の職員が路外駐車場にこだわる理由として教えてくれたのが「駐車場法解説」であった。そこに記された文章を抜粋する。
道路交通上の観点からは、あくまで路上駐車場は道路の走行車線上に設けられるものであり、必要性を勘案して限定的に設置を許容されるべきものであることから、路外駐車場によって満たされない駐車需要に応ずるための暫定的なものであるという位置付けにあるため、その設置により道路交通上支障を生じないことを担保する必要から、路上駐車場の配置及び規模の基準が定められている。(施行令第2条)
施行令第2条はおろか、施行令全体をみても「(路上駐車場が)限定的・暫定的」であることを示す文言は存在しない。それなのに「駐車場法解説」では、路上駐車場が「限定的・暫定的」と解説してしまっているのである。
そうすることによって、JPOは、地方自治体による路上駐車場の整備を阻み、路外駐車場だけを整備させることがてきたのである。なお、国土交通省が用意した駐車場のメニューによれば、整備費の2分の1から3分の1を補助金でまかなうことが可能であった。
こうして全国の自治体は、コストの安い路上駐車場を整備する理由を失い、巨額の費用のかかる路外駐車場を作ることとなったのである。
2008年、国交省改革本部はJPOの解散を決定した。道路特定財源の無駄遣いに対する批判が高まりを受け、国交省が道路に関係する公益法人の削減を余儀なくされたからだ。なお、JPOの解散は2009年までの予定であったが、実際には2011年に解散した。
JPOが解散したとはいえ、国土交通省と警察庁が一枚岩となって推し進めた「クルマの停めにくいまちづくり」は全国規模で完成した。そして、警察庁は全国一律で路上駐車を排斥した。
一方、大店法が緩和され、駐車場が完備した郊外の巨大店舗が続々と作られた。 その結果、クルマ依存度の高い地方では、主要駅前にさえシャッター通りが続出している。駅前商店街ではクルマが停めにくいので、駐車場が完備した郊外店に客が流れてしまうからだ。
大都市はさておき、「クルマの停めにくいまちづくり」は、すくなくともクルマ依存度の高い地方都市にとって有効なやり方とは思えない。