平成17年(う)第2735号
東京高等裁判所刑事第3刑事部 御中
被告人 野村一也
被告人野村一也に対する業務上過失傷害控訴事件の控訴の主意は,下記のとおりである。これはすでに弁護人から提出された控訴趣意書とは別に,被告人の主張を記載したものである。なお,本控訴趣意書は,コンパクト・ディスクに収めた電子文書が原本であるが,便宜上,紙の文書も併せて提出する。紙の文書ではなく,電子文書を開いていただければ,動画その他被告人の主張を明快に理解していただけるものと考える。
発生日時/2004年(H16年)2月6日午前8時頃
発生場所/横浜市中区本町5丁目49番地付近
事故の態様/右動画にて示す。なお,動画に登場する人物は次のとおり。
経過(被告人への取調べ等)
横浜検察庁の論告要旨には,次のように記されている。なお,文中の平成17年は間違いである。
@平成17年2月6日午前8時ころ,被告人は,普通乗用自動車を運転し,元町方面から桜木町方面に向けて,横浜市中区本町5丁目49番地先の信号機により交通整理の行われている丁字路交差点(以下「本件交差点」という。)内に進入した(乙1号証ないし3号証,被告人公判供述)。
A山*幸*(以下「山*」という。)は,同時刻ころ,本件交差点を弁天橋方面から元町方面に向けて右折するため,本件交差点内に進入した(乙1号証ないし3号証,被告人公判供述)。
B被告人車両は,本件交差点印こおいて,右に弧を描くようにして対向車線に進出した。路面に残された被告人車両のタイヤ痕から,被告人車両の速度 は時速53.28キロメートルと算出された(甲5号証)。
C山*は,全治約10日間を要する左膝挫創,両下肢挫傷の傷害を負った(甲6号証)。
D佐**政*(以下「佐**」という。)は,加療約33日間を要する左膝部挫傷兼擦過傷の傷害を負った(甲9号証)。
E本件交差点の信号現示状況は,元町方面から桜木町方面に向けての対面信号の直進方向の信号表示については,赤色及び青色直進矢印が黄色に変わり,3秒間の黄色表示を経て,赤色表示を示し,その3秒後に,弁天橋方面からの対面信号及び歩行者用信号の表示が赤色から青色に変化するものであった(甲4号証)。
原裁判所は,相反する被告と証人佐**(歩行者)の供述について,すべて佐**の供述を採用した。
その理由として,原判決5ページ24行目から6ページ2行目には次のように記されている。
証人佐**は,被告人とも山*とも本件以前に面識はなく,被告人を陥れ,山*をかばう内容の虚偽供述をする動機等もなく,また,供述する内容も,信号待ちの歩行者の行動として自然なものであって,特段疑いを差し挟むべき事情はない。被告人と同証人との会話(弁7)についても,公判廷における供述の信用性を左右するごとき内容ではない。
このように,原裁判所は,証人佐**に虚偽供述をする動機がないことを判断した。しかし,この原裁判所の判断は,道路交通の実情を反映しない「絵空事」である言わざるを得ない。なぜなら,交通事故の被害者として認定されることによって,休業補償や慰謝料といった補償が受けられることは,日常的にクルマを運転する者のみならず,周知の事象である。つまり,誰もが知っているこの現実は,虚偽供述の動機になり得るものである。以下,原判決が「自然なもの」と判断した佐**供述について,指摘する。
証人佐**は,原裁判所での証言において,クルマが歩道に乗り上げたと主張した。 しかしながら,制動痕(こん)から,被告人車両の停止位置が歩道の手前約3メートルの位置であることは明白である。それゆえ,証人佐**は,クルマの停止位置について,事実とは異なる供述をしたことは信用するに値しない。
原判決8ページ9〜16行を抜粋する。
この点に関し,弁護人及び被告人は,事故後被告人車両が佐**のもとへ達するまでに約1秒を要したと主張するが,佐**が,被告人車両を目撃してから回避行動をとっていること,被告人がハンドルを右に切りつつ急制動をしていることや制動痕の位置からして,佐**にとって被告人車両のフロント部分が目にとまり左に避けようと感じるような被告人車両の向きは,事故直後で少なくとも制動痕の半ばより前の車体の向きであると認められるから,佐**が被告人車両を発見した時点は衝突直後と見られるのであり,上記に想定した時間の幅の範囲内というべきである。
しかしながら,証人佐**は,原裁判所において,次のように証言している。
「真正面の僕のほうに来ましたからね」<証人尋問調書24ページ7行目>
「もう僕の目の前にいましたから」<同25ページ8〜9行目>
「顔を上げたらもう来ていました」<同7ページ10行目>
このように佐**の証言は,被告人車両を目の前に確認した内容である。したがって,原裁判所が「少なくとも制動痕(こん)の半ばより前の車体の向きであると認められる」などと認定する理由はない。
証人佐**は,原裁判所での証言において,
被告の車両は,証人佐**が対面する方向を見た状態の右側に停止した旨を証言している。
その後のことなんですけれども,証人がしりもちをついているときに被告人の車はどこで停車しましたか。
右,すぐ横です。
証人の右側に停車したんですか。
はい,歩道に乗り上げて。
私の車は車道上で止まらないで,横断歩道まで乗り上げて止まったということですか。
はい。私のすぐ横で止まりましたから。
それはあなたの右側になるわけですね。
はい。
もともと渡ろうとしていた道路の,見ていた信号に向かって,あなたの右側に車が来たということですね。
そうです。
また佐**は,次のように証言している。
友達が左のほうに2人いましたから,左のほうによけたら友達を倒すことになるからやめました。
見えましたよ。彼らはかなり左にいましたから。
向かってくる車両を認めた後,どうされたか。
一瞬的に左へよけようと思ったんですけども,友達がいるので,翻して歩道のほうに逃げました,車に背を向けて。
左側というのは,体を反転させる前の状態で左側ということですね。
そうです。
反転させた状態ではそれは右側になるわけですね。
私のね。
縁石で転んだということなんですけれども,そのときにお2人の友人はどこにいましたか。
僕の様にいました。
右側ですか。
多分戻ってきたんだと思います。
それは右側ですか,左側ですか。
いや,僕は転んでいるから左側になりますね。座ってすね抱えてたから。
当初横断歩道を渡ろうと向かってた方向の左側ですか,右側ですか。
方向の左側です。
当初向かっていた方向に対して左側ということですね。
左側ですね。
このように,佐**は,信号待ちから転倒にいたるまでの間に,佐**の進行方向左側(元町側)に2人の友人がいたことを供述している。
なお,被告人車両の停止位置は,制動痕(こん)によって特定可能である。制動痕(こん)が示す被告人車両の位置に,これら佐**の供述を投影すると,右図のようになる。なお,右図は動画につき,紙にプリントした状態では,正しく表示されないことに留意して欲しい。
動画に示したとおり,佐**の供述に従うなら,佐**が転倒した位置は,被告人車両の停止位置ないし,その延長線上よりも元町方面側ということになる。遡って,佐**が体を反転させた動作は,進行方向左側にいた友人にぶつからないように行ったとの主張から,転倒位置よりも元町側であり,さらに遡って信号待ちをしていた位置も概ね元町側ということになる。
そうすると,信号待ちをする3人ともが,横断歩道の元町端よりも元町側にいたことになり,これは極めて不自然であるといわざるを得ない。ましてや,3人は青信号に飛び込んだのではなく,赤から青に変わるまでの時間を待っていたのであるからなおさらである。
証人佐**は,原裁判所において,次のように証言している。
友達が左のほうに2人いましたから,左のほうによけたら友達を倒すことになりますからやめました。<証人尋問調書9ページ16〜17行>
一瞬的に左へよけようと思ったんですけれども,友達がいるので,翻して歩道のほうに逃げました,車に背をむけて。<同18ページ21〜22行>
まるで時間が止まっているかのような描写である。しかしながら,当時66歳の佐**およびほか2人が,急制動・急ハンドルによってコントロールを失い,向かってくる車両に対する反応として,不自然さを否めない。また,向かってくる車に背を向け,来た方向に戻る,という動作は,さらに不自然である。
なお,被告が事故当初より供述しているのは,被告人車両に驚いてその場でしりもちをついた佐**の姿である。
証人佐**は,原裁判所での証言において,被告からは示談の話しがなかった旨を証言した。しかし,被告は,自賠責保険の被害者請求を促すことにより示談を行っている。<被告人と佐**の通話記録(附則21-2),通話のリライト書類>
聞きましたよ。いやいや,だから結局,それは,私は請求できないですから。私は請求できないというか,結局,いまのお話しで,私はせいきゅ,私が代わって請求する気をなくしたというのは,なくしたということは,佐**さんがご自分でそれをとって,あの領収書はお返ししますから,それを,書類を整えて,自賠責に出すんですよ。
ああ,それは,あのぅ・・・。
佐**さんができますから。
そりゃ病院,あ,お,いや,あの,そりゃもう病院聞いて,おれ(不明),あんたがそこまで言うんだったら,やるけども・・・。
ええ,そうしてください。
また,被告人は,被害者請求を促した理由も明らかにしている。<被告人と佐**の通話記録(附則21-1),通話のリライト書類>
え,じゃ,いつまで病院にね,いくつもりなんですか?申し訳ないですけど自分でね,申し訳ないですけどちょっと自分でやろうと思ったんすけどもね,なぜならば,佐**さんには過失はないから。過失はないですよ,佐**さんに。だから,ぼくはそれをやろうと思ったけれどね,ね,ね。多少のね,多少ね,多少のことには目をつぶってやろうと思っていたけれどねも,ちょっと私もその気をなくしました。で今回の件については,あのね,で,佐**さんはね,過失はないわけですからね,自分で自賠責には請求できますから,その手続きをご自分でやってください。私は佐**さんのためにその手続きをする気をなくしましたから。ちゃんと使ったカネはね,使ったカネは,佐**さんのほうでできますから。書類は・・・。
なお,この記録のなかで,被告が言及しているとおり,最初に佐**に連絡をとったのは,事故発生の日(2004年2月6日)から1週間程度後のことである。<被告人と佐**の通話記録(附則21-3),通話のリライト書類>
あのね,ぶつかって,ぶつかってね,1週間もしばらく経ってからね,足が痛いと言い出して,で,話しを聞いてみれば,ね,矛盾したことを言う。矛盾した内容というのは,ね,痛くなかっ,あのね,痛かったといいながらね,いや,痛くなかったといいながらね,ビッコひいてなんて言う。
最初に被告人が佐**に連絡をとった日については,2004年(H16)5月29日に加賀町警察署高橋巡査が作成した供述調書(甲3号証)にも次のような記録が残されている。
事故の直後,私は佐**さんに対して大丈夫ですかと聞いたところ佐**さんは,大丈夫と言いながら歩いて立ち去りました。その男性には,私の名刺を渡してありましたが,2月15日頃に私が電話したところ,足が痛くて会社には行っていないと言っていました。
原裁判所における「事故の当日に被告人に電話した」「被告が示談の話しをしなかった」などといった佐**の供述は,上掲の記録と異なっている。
原判決7ページ25行目から8ページ8行目を抜粋する。
まず,佐**は,歩行者用信号が青色信号表示に変わってから歩行し始め,三,四歩,約1.5ないし2メートル進んだ位置で,告人車両を左斜め前に認めているところ,これがほぼ本件事故(衝突)直後ころの状態であると考える。人の横断歩道での歩行速度が経験則上概ね秒速1メートル程度であること,及び佐** が対面信号機が青色表示に変わってコンマ何秒かして横断をしていることからして,佐**が被告人車両を認めたのは,佐**の対面信号機が青色となって二, 三秒後と推定され,同信号機が青色となるのは被告人対面信号がC赤色・左折可矢印になって3秒後であるから,本件事故は,被告人対面信号がC赤色・左折可矢印に変わってから約五,六秒後に生じたと推定される。
この中にある「二, 三秒後」の推定根拠は,佐**の供述にあって,被告の供述ではない。そして,このことが「これがほぼ本件事故(衝突)直後ころの状態であると考える」と認定した根拠となっていることが伺われる。
なお,事故当初から一貫する被告の供述は,横断歩道を渡り始めようとした佐**の直前で急停止し,佐**は被告人車両に驚き,その場でしりもちをついた,という趣旨である。つまり,「二, 三秒後」ではなく,佐**の対面信号が青色になった「直後」である。
原判決8ページ9行目から8ページ23行目を抜粋する。
この点に関し,弁護人及び被告人は,事故後被告人車両が佐**のもとへ達するまでに約1秒を要したと主張するが,佐**が,被告人車両を目撃してから回避行動をとっていること,被告人がハンドルを右に切りつつ急制動をしていることや制動痕の位置からして,佐**にとって被告人車両のフロント部分が目にとまり左に避けようと感じるような被告人車両の向きは,事故直後で少なくとも制動痕の半ばより前の車体の向きであると認められるから,佐**が被告人車両を発 見した時点は衝突直後と見られるのであり,上記に想定した時間の幅の範囲内というべきである。その他,本件事故がC赤色・左折可矢印となってからより短時間で生じたとの疑いはないし,佐**の行動からすれば,それ以上の時間経過後に発生したとするのも不合理であって,認めがたい。
車両が停止するためには,摩擦係数が0.7,つまり4輪がしっかりと制動に貢献している状態でも約2秒が必要である(陳述書3の(2))。なお,被告人車両は,緊急回避により弧を描いた制動であるため,それ以上の時間を要することは明白である。したがって,「その他,本件事故がC赤色・左折可矢印となってからより短時間で生じたとの疑いはない」とした原判決には理由がない。
また,「佐**にとって被告人車両のフロント部分が目にとまり左に避けようと感じるような被告人車両の向きは,事故直後で少なくとも制動痕(こん)の半ばより前の車体の向きであると認められるから,〜」の部分は,2の(2)および次の項3の(3)で示す理由から失当である。
原判決8ページ24行目から9ページ10行目を抜粋する。
以上から,被告人車両の速度は,制動時にあっては約53キロメートル毎時(秒速14.7メートル)であり,本件交差点に進入するころ,被告人車両はほぼこの速度で走行していたと認められるから,被告人に不利益とならないよう時速約50キロメートル(秒速約13.8メートル)として被告人車両の位置を推測すると,本件事故の約五,六秒前,すなわち,被告人の対面信号機がC赤色・左折可矢印に変わった時点では,衝突地点から約69メートルないし82.8メートル元町方面方向の位置,停止線の手前約35.8メートルないし49.6メートルの位置に被告人車両が位置していたと考えられる。また,時速約50キロメー トルの場合,空走時間を1秒と仮定しても,経験則上,30メートル程度で停止できることは明らかに認められる。(一般的に顕著な事実である制動距離としては,時速約50キロメートル,乾燥路面の摩擦係数を0.7として見ると約14.1メートルであり,空走距離〔約13.8メートル〕との合計は約27.9 メートルとなる。)
精密かつ作法を踏まえた書き方なのかもしれないが,被告人は,この文章がよく理解できない。よって,この原判決の文章を分解し,若干編集を加え,図を付け加えると次のようになる。
被告人車両は,本件交差点に進入するころから制動にいたるまでの間,被告人車両は約53km/kmで走行していたと認められる。だだし,被告人の利益のために,これを約50km/h(約13.8m/s)として被告人車両の位置を推測する。
本件事故の約5〜6秒前,すなわち,被告人の対面信号機がC赤色・左折可矢印に変わった時点では,衝突地点から約69〜82.8メートル元町方面方向の位置,停止線の手前約35.8〜49.6メートルの位置に被告人車両が位置していたと考えられる。
また,時速約50キロメー トルの場合,空走時間を1秒と仮定しても,経験則上,30メートル程度で停止できることは明らかに認められる。
(一般的に顕著な事実である制動距離としては,時速約50キロメートル,乾燥路面の摩擦係数を0.7として見ると約14.1メートルであり,空走距離〔約13.8メートル〕との合計は約27.9 メートルとなる。)
なお,この内容は,「本件事故」を山*車両と被告人車両との衝突と定義し,その発生時点を,佐**が被告人車両を認めた時点と同一の時点として扱っているようである。しかしながら,同一の時点と断定する理由は明記されていない。ちなみに,佐**は次のように証言している。
(弁護人)歩き始めたときはうつむき加減であったけれども,しばらくして顔を上げて,すぐ被告人の車両が目に入ったんですか。
(佐**)そうです。だれでも縁石を下るときには。
(弁護人)要するに,うつむいてた顔を上げて,すぐ被告人の車両に気付いたということですね。
(佐**)はい
この佐**供述は,「本件事故」の発生時点を,佐**が被告人車両を認めた時点と同一ではないことを如実に示している。
ここで,「原裁判所が認定した事実」に基づき被告人が作成した再現動画と,被告人が事故当初より主張し,事故捜査にあたった神奈川県警加賀町警察署に提出した再現動画を並べる。なお,右下図(被告人の主張)における被告人車両の軌跡および佐**の位置は,原判決での審理中で明らかになった内容をもとに変更を加えた。この再現動画は,本陳述書をブラウザによって再生した場合において,「動画を最初から再生する」と記されたボタンを押すことによって,再生を開始する。
証人山*は,原裁判所において,検察官証拠番号甲2添付の交通事故現場見取り図(作成日平成16年2月12日)を参照しながら,の位置で信号を待ち,の位置で被告人車両を確認し,の地点で衝突した旨を証言した。<証人尋問調書5ページ12行目より9ページ15行目まで>
ここで証人山*が参照した検察官証拠番号甲2添付の交通事故現場見取り図を左に,判決に添付された交通事故現場見取り図を右に示す。
山*の証言に基づき作成された図面(左側)には,制動痕(こん)が描かれていないので,上記,右図の制動痕を左図に投影すると次のようになる。
これに被告人車両および山*車両を投影すると次のようになる。 制動痕(こん)により,被告車両の位置は,容易に特定が可能である。 |
参考までに,検察官証拠番号甲2添付の交通事故現場見取り図(作成日平成16年2月12日)に描かれたイラストは次のようになっている。 |
山*は,「証人が被告人の車両に衝突する以前に,既に転倒していたということはありませんか。」との検察官の質問に対し,「ええ,ありません。」と答えている。<証人尋問調書9ページ13〜15行>
しかしながら,事故直後に被告人が撮影した写真によれば,被告人車両に残された痕跡は,極めて軽微な過傷が後部ドアの中央あたりから始まり,タイヤハウスの周囲を含めたボディ部に重大な痕跡は認められない。なお,ホイール部にはある程度大きな傷が残っており,これが山*車両との主たる接触点となり,山*車両の前輪に衝撃をあたえたものと推察することができる。
ここで,事故直後に被告人が撮影した山*車両の写真を示す。
被告人が事故直後から主張し,陳述書(加賀町警察署に提出)および陳述書3(原裁判所に提出)で示した山*車両との接触状況は,右動画のとおりである。
(山*運転の)原付バイクは,その進行方向右側に自ら転倒した。私は緊急回避操作を行い,なんとか原付バイクを回避した。と,思ったら,クルマの後部左側に衝撃を感じ,原付バイクを引っ掛けたことに気付いた。
被告人の証言,被告人車両に残された痕跡,そして原付バイクの破損状況に基づき衝突の瞬間のイメージを作成した。
※動画であるため,紙に印刷されたものでは表示されません。
以上のように,被告人車両と山*車両の衝突時点を,佐**が被告人車両を確認した時点を同一時点とみなし,そこから逆算して,信号表示と被告人の位置を特定した手法には,問題があるといわざるを得ない。よって,被告人は,事故当日より一貫して主張しているとおり,佐**の対面する歩行者信号が青になった直後に佐**の直前で停止した,との内容をベースに陳述する。なお,被告人は裁判書類の作成に不慣れであるため,原判決において「裁判所の認定する事実」にあたる部分の体裁に呼応させて作成し,動画を添付した。
被告人車両の速度は,制動時にあっては約53キロメートル毎時(秒速14.7メートル)であり,本件交差点に進入するころ,被告人車両はほぼこの速度で走行していたと,原裁判所は認めた。原裁判所の推測と同様に,これを時速約50キロメートル(秒速約13.8メートル)として被告人車両の位置を推測すると,被告人車両が佐**の前で停止する約三秒前,すなわち,被告人の対面信号機がC黄色・左折可矢印に変わった時点では,衝突地点から約27.6メートルないし41.4メートル元町方面方向の位置,停止線を超えた5.6メートルの位置ないし停止線の手前8.2メートルの位置に被告人車両が位置していたと考えられる。その時点でC黄色・左折可矢印からの停止は不可能である。
本件にかかわらず,事故捜査係の警察官は,「信号が黄色にかわったのは,交差点の手前のどの位置でしたか?」「停止線を越えたとき,信号は何色でしたか?」などと質問し,それを現場見取り図に書き込む作業を熱心に行っている。しかしながら被告人個人の経験則において,これらの質問に対する当事者の回答は,極めていい加減である。
加賀町警察署高橋巡査の取調べに対し,当初,被告人は,「分からないものは分からない」と答えていたが,現場検証においては,「だいたいこの辺だ」といったことも供述した。しかしながら,この行為は精密な実況見分調書を書こうとする警察官につきあった,と被告人は認識している。なお,加賀署交通捜査係高橋巡査との会話記録<附則9>には,あいまいなこと答えまいする被告人の様子が記録されている。
被告人の50万キロ程度の運転経験において,被告人の交差点の侵入方法は,概ね次のようなものである。
クルマは急にとまれないから,「ある程度の距離」をおいた交差点の手前で信号を確認し,そこで進行するか,それとも停止するかの判断を行う。なお「ある程度の距離」は,交差点の状態,車両の走行速度,その他の状況によって判断され,常に一定というわけではない。この「ある程度の距離」は,主として走行中の車両から見える視覚情報から判断されるものである。それゆえ,走行中の車両で確認するポイントを,現場見取り図のような俯瞰(ふかん)図上に示したり,「交差点の何メートル手前だ」と供述することは正確性を欠くものである。被告が交差点に進入するにあたって「行っても大丈夫だ」と判断したとする供述は,このことを示している。
なお,本件事故の発生した道路は,被告人が通勤のために,ほぼ毎日とおる道路である。被告人は,「交差点から一定距離の地点」で信号が青色であることを確認した後,信号が視野のなかにあっても,注視はしない。なお,「交差点から一定距離の地点」とは,急制動することなく,自然に停止できるだけのマージンのある地点である。そこを通過した後に信号が変わっても,停止することはできないからから,注視しないのである。そして,その分の注意力を,交差点に進入しようとする他の車両や歩行者,あるいはその他の危険因子に振り向けるのである。なぜなら,人は同時に複数箇所を注視できないからだ。
原判決中(量刑の事情)は,刑法54条1項前段,10条(犯状の重い佐**政*に対する業務上過失傷害罪の刑で処断)を理由としている。しかしながら,被告が陳述書3中の2の(3)で指摘したとおり,日本の医療制度は「出来高払い制」による算定がなされている。そして,この「出来高払い制」によって,過剰な医療が行われる温床となり得ることは,日本医師会に代表される医療機関側に立つ組織を除けば,ひんぱんに指摘されるところである。
(1)医療の現実
被告人は,医療機器を医療機関に販売する職に7年間従事した経験がある。そこで扱った商品には,売値が保健機関に請求できる金額より安いものも少なくなかった。いわゆる薬価差益だ。そうした商品を売るときには,医師に対して,「これを使うと差額が○○円になります」といったセールストークを口にすることも日常的なことであった。
こうした矛盾を生み出す日本独特の医療システムが診療報酬制度である。医療行為や医療材料の単価を国が定め,医療機関は施したひとつひとつの医療行為や医療材料を,保健機関に診療報酬として請求するという,いわゆる「出来高払い制」である。この出来高払い制がもたらす現実は次のとおりだ。
意識を失った重傷者でない限り,医師はまず問診を行い,それから科学的な診断を行う。問診とは,「どこが痛いですか?」といった口頭でのやり取りだ。その上で相手が「痛い」という箇所に視診や触診を行い,それからレントゲンやCTやMRIなどの画像診断装置による診断を行うのがセオリーだ。風邪で病院にいくと,医師は胸部のレントゲン写真を取りたがるように,「足が痛い」と言えば医師は必ずレントゲン写真を取るものである。もちろん,より正確な診断のためには,画像診断装置は有効なのであるが,それとは別に病院経営上の理由がある。画像診断の収益が,病院経営上の大きな柱となっているということだ。だから,医師はレントゲン写真を撮りたがるのである。そうして,診察が終わり,問診で○点,レントゲン写真が×枚で計△点,処方箋で□点,合計で◎◎点。これが病院の売り上げだ。ちなみに,1点は100円で計算される。「うがった見方」だと言われるだろうが,これが医療の現実である。
このように,ケガがあるから診断書が出るのではなく,医師に診てもらったから診断書が出るという側面が存在するのである。にもかかわらず,交通捜査係の警察官は,「お医者さまの診断書」をまるで「人身事故の被害者証明書」であるかのようにとして扱っているようだ。
本件において,前裁判所は,「お医者さまの診断書」のほか,検察の捜査関係事項照会回答書(甲17)を採用し,「膝蓋部に創のあとが見られたこと(甲17の1丁目)」と認定した。しかしながら,甲17に示された検察の照会は,事故から17ヶ月以上後のことである。毎日多数の患者を診る医師が,明確な記憶を記述したというより,記録を辿って記されたものであると推察するのが相当であろう。なお,カルテ(甲17の2丁目)の症状欄には,症状らしきものを示す記載は存在しない。それでも検察はこれを証拠とし,裁判所はこれを採用し,また事実認定の有力な材料にしている。しかしながら,はたして,診断書をだし,治療費を受け取ったあとで「異常はなかった」と供述する医師がいるだろうか。同様に,痛みを訴える患者が診断書を求めた場合に,「異常なし」と返す医師が存在するだろうか。
そもそも,本件においては,転倒に至るまでの佐**供述に不自然な点は多い。こうした不自然な供述までも「事実」として認定した原裁判所の論理は,まるで「お医者さまの診断書」にあわせて,不自然な供述をも「事実」として認めたかのように被告人の目には映る。
「お医者さまの診断書」は,学校や会社を休む場合に求められる場合もあり,診断書を書くときに,医師が加害者の刑事責任を左右する責任を感じる必要はない。一方,捜査機関や裁判所は,診断書を「被害者証明書」ひいては刑事責任を追及するための「揺るぎない証拠」として扱いがちである。訴追の論拠を押し付けられる医師は,たまったものではないはずだ。
(2)軽微な交通事故の現実
交通捜査の警察官や検察官は,「お医者さまの診断書」さえあれば,それを人身事故として扱い,加害者には示談を促している。一方,加害者が「お医者さまの診断書」に対抗することはできない。したがって,示談を有利にすすめる材料として「お医者さまの診断書」が利用されることは決して少なくない。少なくないというより常識といっても過言ではない状況ではないだろうか。ささいな事故にも救急車を呼び,お医者さまに診てもらえば必ず診断書がでる。診断書さえ手に入れれば,示談は圧倒的に有利になる。なにしろ,警察が示談を後押ししてくれるからである。これが軽微な事故の現実だろう。
(3)自動車損害賠償責任保険(自賠責)について
ちまたでは,「死亡事故が減ったのは医療の進歩によるところが大きい」などともっともらしい理由が語られている。しかし,それが本当であるなら,交通事故1件あたりの医療費は増えるはずである。そこで,自賠責保険収支の推移を調べてみると,傷害への支払い件数は増加傾向にあるにもかかわらず,1件あたりの支払い額が緩やかな減少傾向を描いていることがわかる。このことは,補償額の安い事故が増加していることを如実に示している。
(4)重篤な人身事故での払い渋りについて
一方,ジャーナリストの柳原三佳氏らの指摘するように,重篤な交通事故における払い渋りという問題が起きている。自賠責保険は,各損保各社のいわば「先出し勘定」のようなものとなっており,各損保各社に支払いを抑制しようとするダイナミズムが働くのは当然である。それが補償額の高いところに向けられていると推察できる。
保険金総額(支出)が大きくなれば,保険料(収入)を上げなければならない。しかし保険料に連動する保険料率(保険料/保険金)は容易に変動させることはできない。保険料が上げられないのなら,保険金総額を抑えるしか方法はありません。そうして,保険金総額を抑えるために,個別の保険金を減らす現象(払い渋り)が起こるわけである。
念のために言及しておけば,人身事故における任意保険の補償は,自賠責保険の限度を超える分にのみ適用されている。ちなみに自賠責保険の限度額は,医療費のほかに,休業補償が1日につき5,700円,慰謝料が1日につき4,200円で後遺障害がなければ合計の限度額は120万円である。
(5)縦割り行政の欠陥
本項の冒頭に示したとおり,医者にかかれば,医師は必ず診断書を出すものである。さらに続けて医者にかかれば,それだけで自動的に加療期間が延長されたことになる。本件において,佐**が*田病院で取得した診断書(甲9号証)には,「2週間の加療」と記されている。つまり,原裁判所は,佐**の通院により自動的に延長された期間によって量刑を決定したことになる。
なお,2の(5)にある音声記録<附則21>で示したとおり,被告人がやりかけていた佐**の保険請求を止め,被害者請求を佐**に促したのは,佐**が「まだ痛い」と,いつまでも病院通いを続けるかのようなことを幾度となく被告人に伝えてきたからである。これら佐**の言葉は,2の(5)にある音声記録だけでなく,加賀町警察署に提出しようとした「陳述書」および原裁判所に提出した「陳述書3」に音声記録およびそのリライト文章として,提出している。なお,2の(5)に示した音声記録のなかにおいて,佐**は,シップがなくなったら,また病院にいく旨を述べており,いつまでも病院通いを続けるかのような印象を被告人に与えている。
司法機関が「医師の診断書」や「通院の継続で自動延長される加療期間」で量刑を決めることに理由はあるが,医療制度の現実を鑑みて,精査するべきではないだろうか。なお現在,日本の医療財政は危機的状況にあり,出来高払い制度は遅からず変革を迫られることになるはずである。
山*の原付バイクの損害はともかく,本件事故において,被害者2人が手にした「お医者さまの診断書」に記された内容は,自賠責保険で十分にまかなえる程度である。そして,警察や検察が後押しする示談をすれば,起訴されるような事案ではない。にもかかわらず,被告人が,山*には当初から被害者請求を促し,事故の発生要因について責任のない佐**に対しても途中から被害者請求を促したのは,医療制度と司法制度間に発生する「縦割り行政の欠陥」につけこむかのような態度に憤りを感じたからである。
(6)刑事罰を振りかざす警察
なお,被害者救済を目的とする自賠責保険は,加害者の意思にかかわらず,被害者請求が可能である。加害者がそれを拒むことはできない。このように特別な被害者救済システムがあるにもかかわらず,警察は,軽微な人身事故においても,刑事罰を振りかざして示談を促している。こうしたやり方が,「お医者様の診断書」を盾にした軽症者を増加させているのだろう。その結果が,本当に補償を必要とする重篤(じゅうとく)な被害者に保険金がおりないという事態につながるのである。
つまり,警察は,軽微な事故でさえ,刑事罰を振りかざしながら民事に介入しており,それが被害者救済どころか,似非(えせ)被害者を増加させ,結果として本当の被害者に保険金がおりない,という事態をひきおこしているのである。
こうした被告人の意見に対し,被告人の接してきた捜査機関・司法機関の公務員は,いっさい聞く耳をもたなかった。しかしながら,本陳述書においた統計のほか,財団法人交通事故総合分析センターの調査結果「最近の交通事故の特徴」にも被告人と同様の記述がみられる。以下原文のまま抜粋する。<http://www.itarda.or.jp/info17/info17_1.html>
事故データをみるかぎり,今までであれば,被害者が診断や治療を求めなかったため物損事故として処理された事故が,最近では被害者の意識の変化で診断や治療を求めるケースが増加し,そのことが人身事故の増加につながっているのではないかとも考えられる。追突事故における2,3当の軽傷死亡比率の増加もその一端を示していると考えられる。
それでも警察が,「お医者さまの診断書」を拠りどころにして,加害者に刑事罰を振りかざすのであれば,「交通安全」という金科玉条のウラ側は,甘い汁をなめにくる蠅(ハエ)だらけになるはずだ。
1より3-9までは陳述書に添付したものに同一,4-1より10までは陳述書3に添付したものに同じ。
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